大学院より

レペゼン岐阜

修士一年、研究テーマ未定

深夜のテンションで今思っている事を書きしたためようと思う。

今悩んでいる事

修士課程に入学してもうそろそろ半年が経とうとしているが、修士研究のテーマを決めかねている。

これまでのマイルストーン

イアマスに来るまで

私は今年の3月まで岐阜県の専門学校に通っていた。

正確には厚生労働省所管の省庁大学校という括りで、「文科省所管じゃない大学だよ!」という広報をしている学校。

しかし実態は専門学校だ。

高等教育機関に遠く及ばない杜撰なカリキュラム、もちろん学士は取得できない。

学生の質も酷いものだった。高校でロクに勉強してこなかった学生がほとんど。

この学校の売りは演習科目のボリュームの多さだが、演習では一人が問題を解いたらすぐさま解法がクラス中に共有され、殆どの学生が脳を使わず単位を取得する事ができる。そもそも殆どの学生が考える事を放棄しているのだ。

私はそんな学校に、「大卒の資格が取得できる国立の学校だよ」という出身高校の先生による大嘘に乗せられて入学した。

そして私はその学校が大嫌いだった。

自主的に先生からの教えを乞おうとすると、「あいつは意識高い系だ」と影で笑われる。

プログラミング演習では私がコードを書き終えると、思考を放棄した学生たちが私のデスクトップの前につらつらと集まってきて答えを見て帰っていく。無機的に解法を伝えるだけの道具になった気分だった。

自分の学歴がコンプレックスで仕方なかった。学外の人に大学校同期たちへ向けられるものと同じ目線を向けられていると思うと背筋が凍る気持ちだった。

純粋に情報工学を勉強したかった私はIT勉強会によく参加していた。普通の大学の工学部に通う同世代の人たちが羨ましかった。「どこの学校に行っているの?」なんて聞かれると、「〇〇大学だよ〜」なんて嘘をついていた。

よく家で泣いていた。こんな人生を送るくらいなら死のうと思ったことも何度かあった。少しの期間だけ付き合っていた彼女は本当に心の支えだった。

3年生になった時に、大学院に進学するという選択肢を知った。

IAMASともう二つくらいの候補を見つけて研究室見学などに何回か行った。

学力試験に備えて、杜撰なカリキュラムでは院試には太刀打ちできないため、学部レベルの情報理論や数学は一通り独学でやった。難解な微分方程式なんかは大学校の先生に教えてもらいながら頑張った。

色々な事を知った私は結局はIAMASの一般入試を受験した。

10月の1回目の一般入試では不合格だった。その時になんで落ちたかはすぐに察しが付いた。

12月に別の修士課程も受験して合格したが、やっぱりIAMASがよかった。家から近いのは勿論大きな理由の一つだが、他にも色々な魅力を感じていた。

そしてIAMASの2月の一般入試を受験した。研究計画について色々突っ込まれたが、答えられない部分も多々あった。受験を終えての手応えは「微妙」といった感じだった。受かっているかもしれないし落ちているかもしれない。受験から合格発表までの1週間は、多分人生で一番に体感時間が長かった1週間だと思う。合格発表が怖すぎて食べたものの半分くらいは吐いていた。

結果は合格だった。そして入学した。

入学後

友達はできた。先輩は怖い人たちが多かった。

入学後のモチーフワークという授業が、「全ての先生の前に立って、ポスター1枚で修士研究の構想を発表する」といった最終課題だった。

人前で喋るのは得意な方ではない。一番大きな問題は願書と一緒に提出した研究計画書への先生方の質問に答えきれていないままだったことだ。

しかし何か腹案があるわけでもなく、そのポスターセッションでは結局研究計画書に書いた内容を発表した。質問は何も来なかった。この学年での落ちこぼれは自分だと自覚した。

今までの環境が環境だったのでIAMASは最高に楽しい場所に思えるが、私にはIAMASに進む資格があったのか疑問に思い始めた。

プロジェクト配属後

オープンハウスはとりあえずの習作を作って乗り切った。ここら辺のエピソードはいろんな所に書いているので端折る。

イデアスケッチやら、自分の興味に付いてまとめてみたりした。

その後の何回かのミーティングでは色々な気づきを得た。

研究をするという目線を持っていない。問題意識を持っていない。この二つが研究計画を定められない原因だと考えた。

ここ最近

研究とは何かを知ってしまった

論文を何編か読んで、研究とは何かを熟考した。

そしたら途端に研究テーマのアイデアが思い浮かばなくなった。

新規性があって、それが何かの役に立つ有用性を持っていて、残り1年半で実行できて、将来のキャリアに沿った内容で、IAMASでできそうな研究なんて考えても考えても何も思い浮かばなくなった。

何をしていいのかも分からなくなった。

研究テーマの大枠が決まっていないのに論文を読んだところで、何を研究したらいいかなんて分かるわけが無い。

興味のあるものはいくつかある。でも問題意識が無い。

みんな問題意識を持って生きているらしい。今までの人生、何も考えずに生きてきた事を悔いている。

どこで道を踏み外したのだろうか。

苦悩

8月初めに考えていたのは「今後の技術革新ではホワイトカラーの仕事がなくなっていく」という問題意識(自分の仕事もいずれ無くなる?みたいな)から、これを世のエンジニアたちに伝え、自分の仕事について考えてもらう、というような案だった。

しかし、「仕事について考えてもらって何がしたいのか」、「一つの道筋を示したところで、それはその人の望むライフスタイルじゃ無いかもしれないのでは無いか」とか色々考えて結局ボツ案になる。

最近はそんな事の繰り返し。

まとめ

問題意識ややりたい修士研究が無い人は大学院に来るべきでは無い。