大学院より

レペゼン岐阜

ココ最近

最近プロジェクトの履修を変更しました。

平たく言うと、前居た研究室みたいなやつ(体験拡張環境PJ)を辞めて新しい研究室みたいなやつ(あしプロPJ)に入りました。

このブログポストなんで書いたの

同級生や先輩方から、リアルワールド/インターネット問わず色々な言葉をいただきました。

心配の言葉とか、「今までよく頑張った」みたいな言葉、「研究が嫌なら辞めれば良いんじゃない?」みたいな的外れで心外で失礼極まりない言葉など。

周りの人たちは色々な想像を膨らませていることと思いますが、ここには私の思いの内を書いておこうと思います。

8月から9月にかけての私

卒業生の方に話を聞くと口を揃えて「研究テーマは早く決めたほうがいい」、「早くから活動したほうがいい」と仰ります。僕もそう思います。

なので一刻も早く修士研究のテーマを決めようと躍起になって思案していました。

体験拡張では週一回のミーティングがゼミ形式で、PJメンバが一週間の間に進めた研究内容を発表します。

私は100%の力で「この研究テーマで行くぞ!!!」の旨を発表しては、雄弁なPJの先生方のツッコミに太刀打ちできず、様々な研究テーマをボツにしていく2ヶ月を過ごしました。

そもそもなぜ体験拡張に入ったの

導入科目も終わった6月初めにIAMASではプロジェクトの説明会が一斉に行われます。

一回の説明会タイムで幾つかのプロジェクトが重なっているため、全8つくらいあるPJの中で説明を聞くことができるのは3つほどです。

話を聞いた3つのPJの中で、自分の技術を活かすことができ、コーディング技術のスキルアップも図れ(ると思っていた)、何となくの興味とも合っていた体験拡張に入ることにしました。

ちなみにあしプロと体験拡張の説明会は奇しくも同じ日時でした。

何で体験拡張辞めたの

PJが本格的に始まってから薄々感じていたことですが、私の本当に興味のある内容は体験拡張ではなくあしプロでした。

そのため私はプロジェクト実習が始まった直後からあしプロの方も聴講をしていました。正規メンバーの人よりは断然少ないですがアイデア出しにも参加していました。

また、あしプロに加えて私は今OTON GLASSというIAMASの卒業生の方が起業されたスタートアップにインターンに行っています。

興味のあるあしプロのアイデア出しやインターンでの仕事など、M1の内にしか体験できない色々なことをしていると、週1回の体験拡張のために進捗を生み出すのが足枷になってしまっていました。

また、この2ヶ月で肝心の体験拡張ではただただ研究計画を考えていただけで何もモノを作れていませんでした。私の性格ではこのまま体験拡張に居ても研究計画は決まらないし、何も得られるものが無いのではないかと感じていました。

そして季節は秋になりました。10月といえば年度の節目でもあります。私は上記のような理由の下、PJを変えるならもう今より先は無いと思い、10/09付けで事務局に履修変更届を提出してきました。

もしも未来の後輩がこのブログポストをみていたら

プロジェクトを途中で変更することは常識的に考えて百害あって一利無しといった感じですが、もしも所属PJに疑問を感じたら他のPJを聴講しに行くのもいいかもしれません。

修士一年、研究テーマ未定

深夜のテンションで今思っている事を書きしたためようと思う。

今悩んでいる事

修士課程に入学してもうそろそろ半年が経とうとしているが、修士研究のテーマを決めかねている。

これまでのマイルストーン

イアマスに来るまで

私は今年の3月まで岐阜県の専門学校に通っていた。

正確には厚生労働省所管の省庁大学校という括りで、「文科省所管じゃない大学だよ!」という広報をしている学校。

しかし実態は専門学校だ。

高等教育機関に遠く及ばない杜撰なカリキュラム、もちろん学士は取得できない。

学生の質も酷いものだった。高校でロクに勉強してこなかった学生がほとんど。

この学校の売りは演習科目のボリュームの多さだが、演習では一人が問題を解いたらすぐさま解法がクラス中に共有され、殆どの学生が脳を使わず単位を取得する事ができる。そもそも殆どの学生が考える事を放棄しているのだ。

私はそんな学校に、「大卒の資格が取得できる国立の学校だよ」という出身高校の先生による大嘘に乗せられて入学した。

そして私はその学校が大嫌いだった。

自主的に先生からの教えを乞おうとすると、「あいつは意識高い系だ」と影で笑われる。

プログラミング演習では私がコードを書き終えると、思考を放棄した学生たちが私のデスクトップの前につらつらと集まってきて答えを見て帰っていく。無機的に解法を伝えるだけの道具になった気分だった。

自分の学歴がコンプレックスで仕方なかった。学外の人に大学校同期たちへ向けられるものと同じ目線を向けられていると思うと背筋が凍る気持ちだった。

純粋に情報工学を勉強したかった私はIT勉強会によく参加していた。普通の大学の工学部に通う同世代の人たちが羨ましかった。「どこの学校に行っているの?」なんて聞かれると、「〇〇大学だよ〜」なんて嘘をついていた。

よく家で泣いていた。こんな人生を送るくらいなら死のうと思ったことも何度かあった。少しの期間だけ付き合っていた彼女は本当に心の支えだった。

3年生になった時に、大学院に進学するという選択肢を知った。

IAMASともう二つくらいの候補を見つけて研究室見学などに何回か行った。

学力試験に備えて、杜撰なカリキュラムでは院試には太刀打ちできないため、学部レベルの情報理論や数学は一通り独学でやった。難解な微分方程式なんかは大学校の先生に教えてもらいながら頑張った。

色々な事を知った私は結局はIAMASの一般入試を受験した。

10月の1回目の一般入試では不合格だった。その時になんで落ちたかはすぐに察しが付いた。

12月に別の修士課程も受験して合格したが、やっぱりIAMASがよかった。家から近いのは勿論大きな理由の一つだが、他にも色々な魅力を感じていた。

そしてIAMASの2月の一般入試を受験した。研究計画について色々突っ込まれたが、答えられない部分も多々あった。受験を終えての手応えは「微妙」といった感じだった。受かっているかもしれないし落ちているかもしれない。受験から合格発表までの1週間は、多分人生で一番に体感時間が長かった1週間だと思う。合格発表が怖すぎて食べたものの半分くらいは吐いていた。

結果は合格だった。そして入学した。

入学後

友達はできた。先輩は怖い人たちが多かった。

入学後のモチーフワークという授業が、「全ての先生の前に立って、ポスター1枚で修士研究の構想を発表する」といった最終課題だった。

人前で喋るのは得意な方ではない。一番大きな問題は願書と一緒に提出した研究計画書への先生方の質問に答えきれていないままだったことだ。

しかし何か腹案があるわけでもなく、そのポスターセッションでは結局研究計画書に書いた内容を発表した。質問は何も来なかった。この学年での落ちこぼれは自分だと自覚した。

今までの環境が環境だったのでIAMASは最高に楽しい場所に思えるが、私にはIAMASに進む資格があったのか疑問に思い始めた。

プロジェクト配属後

オープンハウスはとりあえずの習作を作って乗り切った。ここら辺のエピソードはいろんな所に書いているので端折る。

イデアスケッチやら、自分の興味に付いてまとめてみたりした。

その後の何回かのミーティングでは色々な気づきを得た。

研究をするという目線を持っていない。問題意識を持っていない。この二つが研究計画を定められない原因だと考えた。

ここ最近

研究とは何かを知ってしまった

論文を何編か読んで、研究とは何かを熟考した。

そしたら途端に研究テーマのアイデアが思い浮かばなくなった。

新規性があって、それが何かの役に立つ有用性を持っていて、残り1年半で実行できて、将来のキャリアに沿った内容で、IAMASでできそうな研究なんて考えても考えても何も思い浮かばなくなった。

何をしていいのかも分からなくなった。

研究テーマの大枠が決まっていないのに論文を読んだところで、何を研究したらいいかなんて分かるわけが無い。

興味のあるものはいくつかある。でも問題意識が無い。

みんな問題意識を持って生きているらしい。今までの人生、何も考えずに生きてきた事を悔いている。

どこで道を踏み外したのだろうか。

苦悩

8月初めに考えていたのは「今後の技術革新ではホワイトカラーの仕事がなくなっていく」という問題意識(自分の仕事もいずれ無くなる?みたいな)から、これを世のエンジニアたちに伝え、自分の仕事について考えてもらう、というような案だった。

しかし、「仕事について考えてもらって何がしたいのか」、「一つの道筋を示したところで、それはその人の望むライフスタイルじゃ無いかもしれないのでは無いか」とか色々考えて結局ボツ案になる。

最近はそんな事の繰り返し。

まとめ

問題意識ややりたい修士研究が無い人は大学院に来るべきでは無い。

ここ最近

書く事を怠ると文章力が落ちると誰かが言っていた。久しぶりに文を書こうと思った。

オープンハウスについて

オープンハウスでは「ブレーンストーミングを支援するシステムの開発」と位置付けた研究の習作として、word2vecを用いて測定した"岐阜"から発せられた言葉までの距離を正規化し、Webページ上に表示するシステムを制作した。

説明は難しかったが「AIを用いて測定しています!」と言うとまあまあウケは良かったという感じ。説明をした中にはエンジニアの方や情報系の学部生の方も居たのだが、そういう方達にはローテクノロジーだと一発で見抜かれたと思う。

主査先生の言葉をお借りすると、「ローテクノロジーでもいいから意味があるものを作らないといけない」に尽きる。僕もそう思う。

自分なりの「コンセプトで殴れ。それが出来ないならテクノロジで殴れ。どっちも出来ないなら作るな。」を念頭に置いていきたい。

修士研究について

オープンハウスの準備をしている段階からブレーンストーミングを支援するシステムの開発」に限界を感じていた。プロジェクトの先生から「この研究の先に修士が見えると思うかい?」とも言われていた。この研究で修士は取れないと僕も思っていた。

8月に入ってからプロジェクトミーティングが2回開催されて、その時に修士で何をやりたいかを真剣に考えプレゼンテーションした。

体験拡張の先生方は意見に対しての否定はあまりしない。「それをやるためには◯◯を読め」、「まず◯から調べろ」と建設的な意見をくれる。

プレゼンし終わった後にhrr先生がボソッと「本当にそれでやるのか」と言ったのが聞こえてしまったが、自分のやりたい事をやろうと思う。

何やるの

「シンギュラリティ」を人々に伝え、恐怖を煽る研究をします。

オープンハウスに参加した

参加しました。

前日にこの上ないThe show must go on感に見舞われて君の名はを見ました。エモい気持ちになりました。

所属している体験拡張環境プロジェクトで今やっている研究を展示しました。

土曜日は7月の推薦入試で合格した方数人に会えました。来年はテクノロジが分かる人が何人か居そうなので少し面白そう。

土曜夜はNxPCでライブしました。2年くらい温めてたJukeセットを人前で流してまあ満足。

嘘です。わたぬき先輩の知り合いっぽいキラキラ女子ズの皆さん、僕らの展示の話を真剣に聞いてくれて嬉しかったです。

IAMAS LIFESTYLE SHOWCASEも展示してました。土曜日の朝2時くらいにロフトでハレパネを切りまくってました。

まとめ

M1後半戦も気合い入れていっぞ!!!!

www.youtube.com

外でDJをした

Interim ReportというNxPC.Lab絡みのイベントでDJさせて頂きました。

<http://interim-report.org/>

初めての東京でのDJ。初めての大箱。

出番が一番最初だったのでアンビエントみたいな落ち着いたジャンルから始めようかと考えていましたが、やっぱり好きなジャンルを流したいという気持ちがあって、本番ではダブステップ(バキバキじゃないやつ)を流しました。

出番後に話した人からの評判は上々だったのでホッとしました。SNSでの反響が無かったのが少し残念でしたが。

全ての出演者様、関係者様、お客様に感謝です。

 

今週のオープンハウスでもDJします。ハーフステップとか流したいな〜と考えつつ中々準備する時間がなくて困りどころ。

プロジェクト

導入科目が終わりました。

やっと慌ただしい毎日から解放されると思っていたら、、、

プロジェクト実習が始まってまた忙しくなりました。

What is Project

平たく言うと研究室です。

ただし形式は色々。

普通の大学の研究室みたいに週一のゼミで研究の進捗報告をするところとか、根尾地区って山奥の集落で社会実装について考えてる人たちとか、企業との共同研究でデザイン思考でモノづくりしてる人たちとか。

About My Belonging Project

体験拡張環境プロジェクトって言うプロジェクトに入りました。

www.iamas.ac.jp

コンピュータを使った表現に強い先生方の運営してるプロジェクトです。

自分の作りたいものを作れる良いプロジェクトです。

プロジェクト同期のいいじまくんはもう9月の学会で発表する準備をしてるみたいです。スピード感。

プロジェクトは週一のミーティングで制作/研究の進捗を報告して先生からのレビューを頂く形式です。たまに論文の輪読会をします。

 

あと、あしプロってプロジェクトを聴講しています。

www.iamas.ac.jp

アットホームな職場です。たとえ聴講でも容赦無くタスクを割り当てられますが、勉強になります。

がんばるぞー

エイエイオー!!!

ライフログ002

所属しているNxPC.Labってプロジェクトの新入生主催イベントでDJをした。

反省

イベントを通してそんなに盛り上がらなかった。終始お客さんがフロア真ん中より後ろに固まってしまっていたので、やはりNxPCメンバで積極的にフロアの前の方に立って、お客さんが盛り上がれる環境を作らなければならないと思った。

僕のセットリストにも反省点はある。

最初のIAMAS非公認校歌と大垣ッズの曲は知らない人も多い事を知った。みんなが知っている前提があってこそ成立するネタ選曲だったので危ない橋だったと思う。

その後のクラブミュージック->インターネットミュージックの辺りは中々良い流れだったと思う。ただそこからスキマスイッチに強引に流れを変えてしまったのは良く無かった。反省。

学び

僕がクラブカルチャーに浸かっていた人間だったのに対し、今回とても多くの場面で助けてくれた、PAのプロの岸本くんや、バンドマンの荏原くん、偉大な先輩の大和さんがライブハウス文化の人間だった。転換にかける時間の事や、開場と開演に関する認識の齟齬があって大変だったが少し面白かった。

まとめ

再現録りました。

www.mixcloud.com

To Be Announcedなのですが7月にもNxPC.Liveあります。僕もDJ or 何かパフォーマンスします。いごヨロシク。